June 30, 2023

HSR法の届出の変更により、届出対象の企業の負担が大幅に増加する見通し

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HSR法の届出の変更により、届出対象の企業の負担が大幅に増加する見通し

概要

先週、米国連邦取引委員会と米国司法省の反トラスト局(以下「米国当局」)は、ハート・スコット・ロディノ法(Hart-Scott-Rodino)によって義務付けられている、合併前の反トラスト当局への届出(「HSRフォーム」)について、45年間の歴史の中で過去最大となる改正案を公表しました。改正案が施行されれば、すべての届出対象企業(HSR法の対象となるすべての買収企業および被買収企業)にとって、HSRフォームに記載する情報量および情報の内容の大幅な変更、HSRフォームの作成に要する時間の大幅な増加、そして、反トラスト当局が審査する項目の増加などが見込まれます。

今回の改正案は米国当局が米国独占禁止法に基づく職務をより効果的かつ効率的に遂行できるようにすることを目的とし、また、外国からの補助金に関する情報の開示が求められるなど、Merger Filing Fee Modernization Act of 2022(合併届出手数料近代化法)に基づいた改正とされています。改正案の中にはHSRフォームを諸外国の合併規制による届出と平仄を合わせたものにするものもある一方、クレイトン法第8条に基づく役員兼任、労働市場に及ぼす潜在的な影響、プライベート・エクイティ・ファームのストラクチャーと関係、防衛産業の関係など、当局がより早い段階で独禁法上の問題を審査できるようにするための改正案も多く含まれます。さらに、改正案ではHSRフォーム上に記載を求められる説明やデータ、提出書面が増加しているためHSRフォームそのもののボリュームが大幅に増え、作成にも手間がかかることが見込まれます。言い換えると、本改正案はHSRの審査期間の開始時点で米国当局が提供を受けるすべての報告義務のある取引に関する情報の範囲と深度を根本的に変えることになり、届出を行う企業にとってはHSRフォームの作成により多くのリソースと時間を割く必要が出てきます。また、届出の対象取引が、米国の独占禁止法の調査の対象となる可能性の有無にかかわらず、届出の対象取引の進め方に影響を与える可能性があります。

HSRフォームの改正案

施行前に改正案が修正される可能性はありますが、先週公表された改正案は、HSRフォームの一部について根本的な変更を加えることになります。

重要な改正点の概要は以下のとおりです。

記述部分の大幅な増加の例:

  • 販売および顧客情報、重複する各製品またはサービスのライセンス契約の詳細など、(現在または計画中のものを含む)水平的な重複の詳細な説明。これにより、米国当局は、当該取引がかかる製品またはサービスの競争にどのような影響を与えるかをより適切に評価できるようになります。
  • 届出の対象企業間の既存または潜在的な垂直関係の説明。買収企業との垂直または対角関係において、合併後に競合他社を排除する機会を評価するために使用されます。
  • 取引から生じる潜在的な労働市場への影響を精査するための労働市場分析(労働者の類型、重複する通勤圏に関する地理的情報、届出の前5年間の労働者または職場の安全違反に関する詳細を含む)。
  • 取引の戦略的根拠の説明、取引成立までのスケジュールと条件、および、取引のストラクチャー図。

文書提出の範囲の拡大の例:

  • 届出の対象となる取引の日々のプロセスを統率または調整するリーダー("supervisory team deal leads"、以下「取引チームの監督的リーダー」)が作成した、または取引チームの監督的リーダーのために作成された、届出対象となる取引に関連する文書。米国当局は書類審査の対象を役員や取締役からさらに拡大しようとしています。
  • 市場、競合他社、他の買収対象企業、将来の競合予測の詳細な評価を含む通常業務における文書[1]
  • 最終契約ではない契約書を届出にて提出する場合には、最終契約書のドラフトや詳細なタームシート。
  • 最終版だけではなく、役員、取締役、または取引チームの監督的リーダーに提供された取引に関連するすべての4(c)および4(d)の対象文書[2]のドラフト[3]
  • HSRファイリング時またはファイリング前1年以内に有効である買収企業および被買収企業の間のすべての契約。

データ要件その他の開示要件の変更点の例:

  • 買収企業の最終的な親会社および被買収企業のすべての役員および取締役会の陪席者の詳細。これにより、クレイトン法第8条に基づく役員兼任の分析の範囲が拡大されます。
  • 買収企業およびその最終的な親会社の支配構造の間に存在する少数株主(有限責任パートナーを含む)に関する詳細。
  • 買収企業についてのみ、債権者および10%以上の無議決権株式、オプション、またはワラントの保有者の詳細。米国当局はこの情報を影響力を行使し得る利害関係人の分析に利用します。
  • 防衛機関または諜報機関との既存または検討中の1,000万ドル以上の契約の開示、および、当該契約ごとの防衛機関または諜報機関の連絡先情報の提供。
  • 特定の外国政府または事業体から受領した補助金の開示[4]
  • 取引を審査するすべての国の一覧。
  • 買収企業および被買収企業による過去10年間の買収の詳細。

重要なポイント

今回の改正案により、すべての届出の対象企業にとってHSRフォームの計画と準備に要する時間は大幅に増加します。FTC合併事前届出局(FTC Premerger Notification Office)は、今回新設される要件により、企業がHSRフォームの準備に費やす時間が平均で107時間追加されると推定していますが、実際にはより多くの時間を要する可能性が高いと思われます。また、米国当局は、プライベート・エクイティ・ファンドや防衛産業の企業など、一部の業界については既存のHSRフォームでは、届出対象となる取引を精査するには不十分であると明言しており、これらの業界には上記とはまた異なる影響も生じることが予想されます。

HSRフォーム準備に要する時間がどの程度増加するかは予測が難しいものの、合併の最終契約よりもかなり前の段階で準備を開始しない限り、標準的な10営業日の提出期限までに提出することは難しいことが予想されます。さらに、取引当事者がHSRフォームで提供した情報等の不備によって米国当局がHSRフォームを拒否するリスクを回避するために、米国当局との届出前の相談が事実上必須となるかどうかは、今後の実務の経過をみる必要があります。

規則および関連するフォームの改正が施行された場合、交渉および取引計画の早い段階で独占禁止法を専門とする弁護士に相談し、新しい文書作成および文書収集の要件を確実に把握することを検討されることをおすすめいたします。また、合併の日々の業務を統率する「取引チームの監督的リーダー」を早い段階で指名することも重要です。

改正案および関連するHSRフォームへの変更は629日に正式に発表され、60日後の828日までにパブリックコメントのために公開されます。このコメント期間を経て、米国当局が改正案に重大な変更を行う可能性もあります。変更の程度を考慮して、コメント期間がさらに延長される可能性もあります。その後、米国当局はパブリックコメントから得たフィードバックを組み込み、および・または、それらに対応した最終版を公開します。この手続きは通常、完了するまで数か月かかり、最終的な規則が発効するまでにはさらに30日間の通知期間が設けられます。したがって、HSRフォームを改正する最終的な規則が発効するのは、最短でも2023年内の終わり頃になると考えられます。

脚注

[1] 一例として、米国当局は、通常業務の評価に関する中間および四半期の計画および報告書がHSRの届出から1年以内に企業のCEOまたはその直属の部下と共有された場合、これらの提出を要求しようとしています。

[2] これには、市場シェア、競争、競合他社、市場、売上成長の可能性、製品もしくは地域別市場への拡大可能性、対象取引による相乗効果と効率性の観点から、対象取引を判断する役員が作成した文書、または当該役員のために作成された文書が含まれます。

[3] 本要件の代替案として、米国当局は、当事者が関連するドラフトするが、HSRの届出を審査する当局職員がそれらの提出を要求した場合に限って、ドラフトの提出を要求する代替案を挙げておりコメントを募集しています。この代替案が採用された場合、届出を行う当事者は、待機期間が中断することなく、要求後48時間以内に関連文書のドラフトを提出しなければなりません。

[4] 届出を行う企業は、届出を行うまでの2年間に米国の戦略上または経済的利益を脅かすとみなされた国または事業体から受けた外国補助金に関する情報を開示する必要があります。また、届出を行う企業は、①合衆国法典42 U.S.C. 18741(a)(5)(C)の対象国で製造された製品で相殺関税の対象となるもの、当該相殺関税の内容、および、当該相殺関税を課す法域の特定、ならびに、②合衆国法典42 U.S.C. 18741(a)(5)(C)の対象国でその一部または全体が製造された製品で、ある法域における相殺関税の調査の対象となっているもの、および、当該法域の特定も要求されます。

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